【通訳な日々】『難しい』は難しい:言葉ではなく意味を訳す難しさ

会議通訳

こんにちは。会議通訳のあひるです。

日々通訳をしていて感じるのは,やはり日本語の奥深さ。言葉を置き換えるだけではうまくいかないことばかりです。今日はそんな雑記です。

『難しい』は難しい

日本語でよく『難しい』って言いますよね。英語に訳すとどうなるでしょう。Google翻訳に聞いたらdifficultと言われました。まぁそうでしょうね。でもこれ難しいんですよね。

私は主にビジネスの現場で通訳をしているので例がビジネスシーンばかりですが,商談で『それは難しいですね』と言われたらどうでしょう。ほぼほぼ『無理です』と同義ではないでしょうか。

多分,試す気もない。つまり『やってみたら難しかった』とさえならない。実質『できません』もしくは『やりません』だと思います。

そんな『難しい』をdifficultと訳したらどうでしょう。英語話者なら文字どおり『難しい(けどやってみよう)』と理解するでしょうね。こうなるともはや誤訳です。ではNoと訳せばいいか?それも違うと思うのです。何故ならこの『難しい』の本質は,Noと言わずにNoを伝えることだと思うからです。

『空気読め』は難しい

日本(語)がハイコンテクスト文化であることは,よく指摘されるところです。『空気読め』とか『察して』とか『あうんの呼吸』とか,そういった『言外の意味』が重視される文化です。重要なのが『言外の意味』ですからそもそも大事なことは言葉で伝えません。思慮深く趣はありますが,通訳としては悩みます。

対極にあるのが英語を代表とするローコンテクスト文化です。少なくとも言語コミュニケーションでは読むべき『空気』など存在せず,明快に明晰に誤解なくメッセージを伝える必要があります。また,聞いている方は言われたことを額面どおり受け取ります。

この二言語間通訳で字義どおりに言葉を置き換えていくと,『日:難しいです』『英:ではどうしたらできますか?』『日:だから難しいんです』『英:だからどうしたらできますか?』みたいな感じになります。これ文字で読むとキツそうですが英語側は極めて真摯です。どうしたら目的を達成できるか。文字どおりの純粋な質問,まるで悪意のない平行線です。

ちなみにこれ私が通訳なので通訳視点ですが,通訳云々に関わらず英語の会議ではあちらこちらで頻発しています。

私は日々通訳として様々な企業に伺いますが,大抵日本人でも英語で話される方,日本語で話される方,どちらもいらっしゃいます。そして英語で話される日本人と英語話者との間,つまり完全に英語の会話で実際通訳を介していない場面でもよく見ます(ちなみにその間,我々通訳はその完全に英語のやりとりを他の日本人の方に向けて日本語に訳しているので,そこそこ真面目に聞いています)。

そしてこのローコンテクスト文化に慣れていない方だと,時に(ご自身の英語は堪能なのに)『全然伝わらなかった』『なんでだろう』『やっぱり英語が』みたいな話になったりもします。私自身英語はとても苦労してきたので,頑張っている方は本当に応援したい。なのでそのような声を聞くとなんとも言えない気分になります。お気持ちは分かるので悩ましいですよね。

ちなみに以前,『英語が苦手だと感じるのは必ずしも英語力の問題ばかりでもない』という記事を書いたのですが,こんな背景もあったりします。

あまり口を出すのもそれはそれで難しい

通訳の現場に戻ります。この難しい『難しい』。繰り返しますが文字どおり『難しい』と言っても話にならない。いくら『察してよ』が趣旨とはいえそれじゃ話になりませんから意味をとって『無理です』と言えばいいか?それも立場上,なかなか難しいんです。

日本ではほとんどの方が英語を学習しています。そのため,『英語では思うように話せないので通訳をお願いするけれど,英語で言われていることはわかる』という方も多いです。そのような方が社運を賭けた大変重要な商談の場で,とても控えめに『それはちょっと,難し・・・』と仰るのを通訳が『無理です!』と申したらどうでしょう?『そこまでは言っていない!』,顔面蒼白ですよね。私もそこまでの度胸はありません。

完全に余談ですが,これ現場ではどうするか?通訳さんによりご意見・ご対応は異なると思いますが,私は根が日本人なものでそれこそ空気を読みながら対応します。始めは控えめに『ちょっと無理かも』,それでもうまく噛み合わなかったら(=日本人参加者に『伝わんない!』という感じが出てきたら)徐々に語調を強めます。ただあくまでこれは私の個人的な一意見としてご理解ください。

しかしこのハイコンテクストな日本語,これに限らずNoと言わずに断る表現は見事なまでに多彩ですよね。この趣は日本人の誇りでもありますが,仕事においては,まぁ,勘弁してくれと思うこともあります。

やはり難しいのは日本語か

こんな日々を通じて思うのですが,英語は結局のところ,自分のメッセージをクリアに英文に置き換えることができれば,そして言われたことを文字どおり解釈することができれば,仕事ではそこそこ使えるようになる気がします。

しかし日本語はこの『言葉で全ては伝えない』という性質上,そもそも私たちが日々何気なく話している日本語の意味自体にも無自覚になりやすい気がするのです。そして当然のことながら,自分でも言いたいことがはっきりしていなければ英語にはできません

私は海外経験もなく,社会人になってから英語を学習して会議通訳になりました。元々英語は苦手で,はじめは言いたいことを全く英語にできなかったため,自然と『自分の英語力で表現できる程度まで日本語を整理し,シンプルにしていく』習慣がつきました。このプロセスは以下に詳述したとおりです。

しかし通訳となった今,この『英語にしやすいよう,日本語自体を整理してシンプルにする』習慣の大切さを身にしみています。(英語力ではなく)通訳スキルはほぼここに収斂するのではと思う程です。

皆さんも英語を勉強していると,『簡単な表現なのにうまく英語にならない』なんてこと,あるのではないでしょうか。そんな時はぜひ,ご自身の(無意識に考えている)日本語の言外の意味についても,少し考えてみるといいかもしれません。少しでも参考になったら嬉しいです。一緒に頑張りましょう,Bon Voyage!