こんにちは。会議通訳のあひるです。前回は英語の短文リスニング攻略についてお話しました。今日はそのテキスト選びをお話します。
困難を分割せよ,再び
『英語が聞き取れない』,これは実に様々な要因が絡み合っています。文法を知らない,表現を知らない,音に慣れていない,前提となる知識がない,英文解釈のスピードが遅い・・・。ここで読んでもわからないような素材を選んでしまうと,聞いて理解できない理由を特定できません。文法を調べてみたけどやっぱり聞き取れない,出てくる単語を調べてみたけどやっぱり聞き取れない,等々。やはり困難はしっかり分割することが重要です。
リスニング攻略の鍵は,明確にリスニングの問題だとわかるものを使って,聴くことに全集中してトレーニングすることです。そのため,ご自身にとって『読めばわかるけれど聞き取れないもの』,『日本語で聞けば確実にわかる内容のもの』を選びます。やはり適切なテキスト選びはとても重要です。
超!理想的リスニング教材
さて。現実に存在する教材はとりあえず無視して,まずは私の考える理想のテキストを申し上げます。後ほど今日時点でのオススメ教材もご紹介しますが,英語教材は日々更新されています。まず理想をお伝えすることで,多少の入れ替わりがあっても皆さんがぜひご自身で自分に合ったものを選べるようになってほしいとの思いからです。
【1】 聞き取るのは難しくても読めばすぐに理解できるレベルで【必須】
上でお伝えしたとおり必須です
【2】 書き起こしたスクリプトがあり【必須】
内容確認のため必須です
【3】自分の目的に合っている,もしくは興味がある内容で【必須】,さらに明日にでも使えそうなものならなおよい
初心者であるほど何百回と聞き直すことになるものです。明確に『これをやれば目的が達成できる』と感じられるもの,もしくは気分が乗るものを選ぶべきです。
ビジネス英語を習得したいなら,『これをやれば使える』と感じられるものを選びます。英字新聞を読めるようになりたいと思うなら,時事関連のものを選びます。これは役に立つたたないというより,意義を感じられることがモチベーション,継続の原動力になるからです。
特に仕事目的ではなくお友だちと話せるようになりたい,アメリカに行って生活してみたい,といった場合でも同じです,とにかく気分が乗るものを選びましょう。たとえば普段からドラマなどでニューヨークに憧れがある場合,ニューヨーク観光が題材のものなど相当オススメです。地名とかむちゃくちゃテンション上がりますよね。しかし興味がないならぜひ避けましょう。やれ5th Avenue(5番街)とかMadison Square(マディソンスクエア)とか,そんなものが聞き取れなくて引っかかるのは時間の無駄です。慣れれば絶対聴けるようになりますから.まずは興味を持ててドキドキワクワクできるものから始めましょう。
【4】対話文だと便利ではあるものの,
具体的なトレーニング方法は前回お話しましたが,最終的には『短文を聞き,同じスピードで一緒に声に出しながら同時に頭で意味も理解できる』ようになるまで練習します。決して暗唱する必要はないのですが,初心者であるほど(=できるようになるまで時間がかかる人ほど)多分最後は覚えてしまいます。これは必須条件ではないのですが,元が対話文だと覚えたものをそのまま使えるので便利です。
ただし,条件があります。きちんと意味・内容のある『対話』であればいいのですが,ただの『会話例文集』だと過度にナチュラルすぎたり(以下【5】)単なるフレーズの羅列になっている(以下【6】)教材も(かなり)多いです。そのような内容になってしまうくらいなら,対話文でなくてもいいので内容がしっかりしたものを選びましょう。この【4】〜【6】,優先度は【6】>【5】>【4】です。
【5】しかし過度にナチュラルすぎず,
特に『英会話』に特化した教材だと,『自然な表現』を謳うあまり過度にネイティブっぽさにこだわっていたり,カジュアルすぎて使う場所を選ぶ表現が混じっていたりするものもあります。そういったものは避けましょう。そもそも最優先事項ではありませんし,初心者にはそういった表現を見分けられないことも心配です。
『数ヶ月後に渡英・渡米の予定があって英語を勉強する』場合はまだ一考の価値はありますが(それでも必須ではないと考えますが),そもそも日本で仕事で英語を使う場合,相手はノンネイティブであることの方が多いです。私も通訳として日々様々な企業の英語の会議に伺いますが,実にそう思います。見た目の格好よさよりもしっかり意味を伝えられる堅実さを選びましょう。
特にまだ英語が苦手だけど憧れている状態だと『ネイティブはこう言う!』に惹かれる気持ちはわかります。しかし残念ながら,売る側の立場では『一生懸命取り組むと成果を感じるものより一見してみんなが欲しくなるものの方が売りやすい』ことも事実です。英語教育業界のマーケティングにあまり振り回されず,適度な距離でつきあいましょう(参考程度に眺めている分には楽しいのですが)。
【6】単なるフレーズの羅列のみではなく
これも特に『英会話』に特化したものでよく見られるのですが,単なる挨拶表現の羅列になっているようなものは避けましょう。たとえば “How do you do?”, “How are you?”, “How’s it going?”, “What’s up?”, と延々続くようなものです。突き詰めれば全部『こんにちは』です(フォーマルさが違います)。初心者がなけなしの時間と精神力を削って練習しなくても,英語力がついてくれば自然に言えるようになりますし,後からでもすぐ身につきます。
なぜこれがダメなのか。前回,前々回とお話したとおり,読んでわかる短い文が聞き取れない真の原因はほとんどの場合,頭の中で英文の構造を処理するスピードが遅いからです。なので,最終的にはある程度意味のある英文を頭で素早く処理できるようにならないと,結局聞けるようにはなりません。決まった表現の羅列では,この『英文構造を処理する練習』ができないから。これは致命的です。
結局,ある程度内容がある英文が載っているものを選ぶしかないのですが,ひとつの目安として,『これを応用すれば自分も言いたいことを言えるようになる』と思えるものを選んでください。
【7】長すぎるシリーズものは避けてできれば単発,せいぜい10-20回ほどで完結するものだとなおよい
これは特に初学者の場合。(超)初級から中級にステップアップする段階では,そこまでの数は要らないというのがあひるの意見です。『数を絞った方がいい』と言うつもりもないのですが(それは完全にレベルによります),ひとつの素材をナチュラルスピードでしっかり処理できるようにならないまま次の素材にいっても結局モノにはなりません。
もちろん,数がこなせるならそれに越したことはありません。しかし繰り返しますが結局『読んでわかる短い文が聞き取れない』のは頭の中の英文処理スピードが遅いからです。そのため,まずは短い素材をナチュラルスピードで聞いてしっかり理解できるようにならないと(=ナチュラルスピードで英文処理ができるようにならないと)いくら数をこなしても結局は聴けるようになりません(口から出てくる表現は増えると思いますが)。
逆にひとつの素材をしっかりナチュラルスピードで理解できるようになると,少しづつですが頭の中の英文処理スピードも上がってきます。その状態で次の素材に行くと,1つめより2つめ,2つめより3つめと,習得にかかるスピードは少しづつ,しかし確実に早くなります。そういった意味で,たとえば対話文が120収録されているようなものより(120文は適切ですが120対話は要りません),20回もあれば終了するようなもので充分なので,それをしっかりこなしましょう。
おそらくボリュームのある教材,それこそ会話文が120収録されているようなものは様々な表現や文法事項をカバーしているのだと思います。このあたりは個人的な趣向もあるかもしれませんが,やはり私は自分の経験から,文法は文法,語彙は語彙,リスニングはリスニングなど,その時その時の弱いところに対象を絞り,一気呵成に潰していった方が結局早い気がしています。『困難は分割せよ』です。
あひるのオススメリスニング教材3選+α
・・・と,ここまで好き放題言って参りました。でも,本当に少ないんです,こういうの。まぁ,売れないんでしょう(わかります)。あくまで本日時点という条件つきではありますが,今から始める方に私がオススメするのはこちらです。
【1】いわゆる英会話習得にオススメ:NHKラジオ英会話の季刊誌シリーズ
言うまでもありませんが,やはりNHKラジオ英会話はすごいです。特にご年配で海外経験もないのに英語が堪能な方,NHKで勉強された方は本当にたくさんいらっしゃいます。実に素晴らしい内容です。対話文でありながら中身もあり,今すぐビジネスに使え,いつどこで口から出ても恥ずかしくない。ただ唯一にして最大の難点が毎日毎日新しいものが出てくること。既にある程度英語力があって『知らないことだけチェックする』聞き方ができるならともかく,毎日ちゃんとこなすのは結構な圧力です。
そこでオススメなのが,このNHKラジオ英会話の元講師陣が書いている季刊誌(ムック本)シリーズ。初心者であれば『高田智子の 大人の学びなおし英会話』シリーズはオススメです。季刊誌で3ヶ月に1度発売され,1冊あたり15レッスン。また表紙に書いてあるとおり,どの号からでも始められる1冊完結型です(これ大事です)。
このシリーズに触れたついでにもうひとつ。全く初心者向けではありませんが,ある程度英語力のある方には同シリーズの『杉田敏の現代ビジネス英語』も相当オススメです。この杉田先生,特に英語講師というわけではなく英字新聞記者を経てずっとビジネスの第一線で活躍されていた方です。まさにビジネスパーソンとしてカバーしておきたい内容が毎回網羅されています。ハードル高いんですが。
これ昔は『やさしいビジネス英語』というタイトルでした。全くやさしくない(お声は優しそうですが),と思っていたらいつからか『現代ビジネス英語』になっていました。そっか,みんなそう思っていたのか,と妙に安心したことを思い出します。とても充実した内容だけに毎日取り組むにはハードルが高かったので,この季刊誌シリーズを嬉しく思っています。
【2】いわゆるビジネス英語習得にオススメ:TOEIC公式問題集のPart2, 3
いわゆるビジネス英語(仕事場で使える英語)を初心者レベルから学びたい場合,TOEIC公式問題集の会話文をそのまま教材にしてしまうのもオススメです。TOEIC,テストとしてはやたら引っかけ問題があったりするのですが,設問を全く無視して純粋な対話文集としてみると非常に素晴らしい素材だと思います。もちろんTOEIC受験を考えている方にも有効です。
そもそもTOEICは,ETSが教育団体として『英語を母国語としない人が英語でビジネスやりたいなら最低これだけは押さえてきて欲しい』と考える内容です。売ることが目的である英語教材とは根本的に成り立ちが違います。そのため素材の対話文自体,大変よくできています。上のNHKとまるで同じことを言いますが,対話文でありながら中身もあり,今すぐビジネスに使え,いつどこで口から出ても恥ずかしくない内容です。
また,TOEICを受ける方であればいずれ公式問題集での対策は必須です。なんというか少し癖のある問題の出し方をするからです(TOEICの個別対策についてはそのうち別に書きたいと思っています)。さらに本番も公式問題集と同じ人が読み上げるので,話し方やイントネーションにも慣れられます。現在のスキルにより,1文単位で練習したいならPart2, 対話単位で練習したいならPart3を使います。
公式問題集1冊で2回分のテストが収録されていますから,Part2であれば50セット,Part3であれば26の会話が載っています。とりあえず苦手,を克服するための第一歩としては適切な量だと思います。
【3】いわゆる時事英語習得にオススメ:茅ヶ崎式・新英語教本
時事英語を習得したいがニュースや新聞は難しい,という方へオススメです。時事英語は私は通訳学校に行ってから学習し,かなり試行錯誤をしながら身につけてきました。散々回り道をした結論,私のオススメはこの茅ヶ崎式・新英語教本です。一択です。
はじめにお断りをしておきますが,既にある程度の速さで読み,聞ける方はこの限りではありません。そういった方は学習教材ではない新聞(たとえばTHE FINANCIAL TIMES),ニュース(イギリスならBBC,アメリカならCNN,日本ならNHK Worldなど)でどんどん生の表現を学んでいきましょう。
しかしまだナチュラルスピードでの聞く・読むが難しく,同じ教材を何度も使いながら英文解釈の速度を上げていく段階の方,言い換えれば頭の知識を身体の知識へと変えていく段階の方へ,私がオススメするならこの茅ヶ崎式・新英語教本一択です。3段階あるのでご自身のレベルにあったものを選んでください。
これはニュースの生音声ではなく,全て作成教材です。ニュース音声を元にした教材も数多く出版されていますが,やはり話し方にクセがあったり,その時のホットトピックに過度に偏りすぎてしまうこともあります。それに対してこの茅ヶ崎式,時事英語一般に必要となる表現が一から作られていて,全て学習者向けに録音されています。私もかなりいろいろ試しましたが,オリジナルでここまでの内容を作成できている教材は他に見たことがありません。
私自身通訳学校で時事英語を学ぶ際に行き着いたのがこの茅ヶ崎式で,最終的にはこの教材をマスターすることで時事英語の基礎を身につけました。通訳学校に行きたいというご相談を受けた時に,まずお勧めするものでもあります。唯一の難点としてしばらく内容が古かったのですが,なんと2024年末から2025年にかけて新版が出ました。嬉しいですね。
【番外編】現在学習中のテキストの音声教材をそのまま使う
文法攻略でオススメ文法書をいくつかご紹介しました。それに限らないのですが,今なにか他の学習を進めている場合は新しいものに手を出すよりも,それをうまく活用した方が有効なこともあります。
既にご自身のレベルにあっていると確認できていること,そして文法や表現は習得済ですから,純粋にリスニングに取り組めることが大きなメリットです。そして忙しい日々,いろいろと手を出すと中途半端になってしまうこともあります。そんな時は今使っているものを活用できないかも検討してみてください。
如何でしたか?繰り返しますが,リスニングでは適切なレベルの教材を選ぶことがとても重要です。次回は具体的なトレーニング方法をご紹介します。一緒に頑張りましょう, Bon Voyage!