こんにちは。会議通訳のあひるです。私は海外経験もなく,社会人になってから英語を学習しました。その経験を踏まえて英語学習法をお伝えしているのですが,今日は長い文章の聞き取り,リスニング攻略最終ステージです。
結論から申し上げます。一定以上の速度で英文が読めるようになれば英語は聞き取れるようになります。それでは始めましょう。
『長くなると聞き取れない』を解きほぐす
まず,今回は短い文章は聞き取れるけれど長くなると聞き取れない,という状況を想定してお話します。短い文章が聞き取れないと長い文章は絶対に聞き取れませんので,その場合は短い文章から練習を始めてください。
【1】背景知識がない
英語を聞いて理解できる大前提は,『日本語で聞けばしっかりわかる』です。日本語なら当然わかると思うでしょう?それが意外とあるんです,『わかったつもり』。私はこれを,ごく個人的に『母国語の罠』と呼んでいます。
外国語を聞いて理解できなかった時は,明確に『理解できなかった』と理解できます。出てきた単語を知らなかったり表現を知らなかったり,『理解できなかったポイント』が明確だからです。しかし日本語の場合はどうでしょう。出てくる単語は全て知っています。特に引っかかる箇所もなく,すんなり耳に入ってきます。しかし,本当に理解できているでしょうか。
しばらくアメリカ大統領選挙の報道が続いていましたね。CNNの英語放送を聞いてみたけどよくわからなかった,という場合。以下をちょっと読んでみてください。BBCの,アメリカ大統領選解説ページの抜粋です(日本語のページです。あひるの訳ではありません,念のため)。
【米大統領選2024】 どういう仕組みなのか簡単に説明
引用元:BBC https://www.bbc.com/japanese/articles/c4gzpp2329go
勝敗はどうやって決まるのか
全国的に一番たくさんの票を得た候補が勝つわけではない。その代わり、50州とコロンビア特別区(首都ワシントンの意味)でそれぞれ、有権者の支持を得る必要がある。
50州とコロンビア特別区はそれぞれ、人口に応じて「選挙人」が割り振られている(以下、「州」にコロンビア特別区を含めて説明する)。
選挙人は合計538人おり、そのうち270人の支持を得た候補が当選する。選挙人は自由に候補者を支持するのではなく、州の有権者の投票結果に従うことが原則となっている。
ほとんどすべての州では、票の過半数を獲得した候補が、その州に割り当てられた選挙人全員の支持を、自分のものにする。つまり、こうして選挙人を270人以上集めた候補者が、当選する仕組みだ。
例外はメイン州とネブラスカ州で、この2州だけは、過半数を得た候補が選挙人全員を総取りするのではなく、得票率に応じて選挙人を候補に配分する。
2016年のヒラリー・クリントン候補(民主党)のように、全国的な得票数は勝っていても、獲得した選挙人の人数で負けることもあり得る。
これを標準的なニュース音声の速度で一度だけ聞いて(聞き返し禁止!),もしくは標準的なニュース音声の速度で一度だけ読んで(読み返し禁止!),選挙人の制度とその役割を説明できますか?難しいなら,まずは日本語で大統領選の知識を獲得することが有効です。
日本語が母国語であれば,何度か聞けば/何度か読めば,そこそこ説明できると思います。しかし英語でニュースを聞く状況を考えてみましょう。ナチュラルスピードで次から次へと流れてくる英語を瞬時に解析し,理解していきます。日本語の何倍も負荷のかかる状態です。日本語で一度で理解できなければ,やはり英語で一度で理解するのは難しいのではないでしょうか。
母国語を聞く・読む時,その解釈スピードはとても早いです。そのため,聞いていて引っ掛かかるところがあれば,たとえ続きを聞きながらでもごく自然に考え直す余裕があります。読んでいて引っかかるところがあれば,ごく軽く読み直すこともできます。さらに単語や文法で引っかかることはほとんどないので,耳にはすんなり入ってきます。さらに,なにせ日本語は語彙力ふくめ運用能力が非常に高いので,大してわかってなくてもそこそこ辻褄の合う返事もできたりします。なんなら適当に会話が続いたりします。この『わかったつもり』に気づかないことは意外と多いものです。恐ろしい話です。まさに母国語の罠です。
この母国語の罠を痛感するのが同時通訳です。一度聞いたら先を待たず,即座に訳出しないといけません。しかし内容をしっかり理解していないと,英日・日英どちらでも(つまり日本語を聞いている時も!)『ん?』と思うことはよくあります。この,考えてみれば当たり前ながらつい忘れられがちな『日本語で同じ内容を聞いたらしっかり理解できるか』,ここが常に気になってしまうのも,ある種の職業病なのかもしれません。
もちろん英語力が向上してくると,『英語で(今まで知らなかった)新しいことを学ぶ』ことは出来るようになります。それは心躍る楽しい経験です。しかしそれはあくまで,そのテキストが同じレベルの日本語で解説されていても学べる内容に限られるのではないでしょうか。私は,母国語でできないことが外国語ならできるということは基本的にないと考えています(ただし日本語の説明が非常にまずい場合,つまり日本語の説明が事実上説明として機能していない場合,『英語の方が分かりやすかった』と感じることはあります。驚くことなかれ,ままあります)。
【2】英文解釈のスピードが遅い
そして【1】よりさらに多くの方が直面しているのは英文解釈のスピードが遅い,もしくはギリギリという状態かと思います。
そもそも,英語を読む・聞くとはどういうプロセスでしょうか。以下はかの有名な漱石『草枕』の冒頭です。
THE THREE-CORNERED WORLD(草枕,Alan Turney訳版)
知に働けば角が立つ。情に掉させば流される。意地を通せば窮屈だ。兎角に人の世は住みにくい。
Approach everything rationally, and you become harsh. Pole along in the stream of emotions, and you will be swept away by the current. Give free rein to your desires, and you become uncomfortably confined. It is not a very agreeable place to live, this world of ours.
ご覧のとおり,英文なんてただの単語の羅列です。英語を読む・聞くというのは,この一見無意味な単語の羅列を構文として解析し,意味を再構築していく作業です。もちろん単語の意味は知っている(もしくは調べる)必要がありますが,それがメインではありません。メインはあくまで構文の再構築です。
Approach:動詞,everything:目的語,rationally:副詞,→『すべてを理屈で処理すると(=知に働けば)』,andで文を接続し,you:主語,become:動詞,harsh:補語(形容詞)→『(他人に)キツくなる(=角が立つ)』。英語を読む・聞くとは,意識的であれ無意識であれ,この構文解析,再構築のプロセスの連続です。このプロセスなしに英語は読めません。ただ単語の意味を繋げるだけでは英文解釈はできません。
読む時はこれを自分のペースで行います。しかし聞く時はそうはいきません。立て板に水,というかマシンガンのように流れてくる英語をその速度(以上)でひたすら処理していきます。『短い文章は聞き取れるけれど長くなると聞き取れない』場合,おそらくこの英文解釈の速度が充分ではないのかと思います。つまり,1文ならナチュラルスピードで解析できるけど長くなってくるとスピードが持たない,そこに少しでも知らない知識が入ってくるともうお手上げ,おそらくそんなところではないでしょうか。
読めれば聞ける:英語長文のリスニング
では,どうするか。既に冒頭結論は申し上げていますが,一定以上の速度で英文が読めるようになれば長い英語は聞き取れるようになります。というのは,結局英語の解釈スピードを上げることが唯一にして最良の方法だからです。
ここまでお話してきたとおり,聞くも読むもやっていることは結局同じ。英語の構文を解析して意味を再構築するプロセスです。それを自分のペースで行うのがリーディング,相手のペースで行うのがリスニングです。短文のリスニングの段階では音を聞きながら,声を出しながら,徐々に自分の英文処理スピードを上げていくのが効果的ですが,ある程度長い文章になってくると,結局リスニングを超える速度でリーディングをできるようにするのが一番早いです。
一般的に,英語の朗読音声(audibleなど)は1分間に150-160語程度,ネイティブスピーカーの自然な会話やニュース音声(CNNなど)は1分間に200語程度と言われます。一般には聞こえるスピードの3倍で英文を解釈できれば余裕で運用には耐えられるといわれますが,さすがにそれはハードルが高い。あくまで個人的な感覚ですが,ナチュラルスピードの1.5倍くらいで英文を処理できるようになってくると,かなり世界が変わります。
もちろん,何を読むかによっても変わります。1分間に200語の速度でまくし立てられるのは時事ニュースやビジネス英語です。『カラマーゾフの兄弟』や『失われた時を求めて』を超速で読めるよう練習する必要はないし,すべきではありません(ぜひゆっくり味わいましょう,ドストエフスキーやプルーストに失礼です)。
ただ確実に言えるのは,たとえば内容をよく知っている本,シンプルなビジネス書など,自分にとって読みやすいものから少しづつ読む練習を始め,簡単なものでいいのでごく自然に英文が読めるようになってくると,リスニングの風景も変わってきます。より正確に言うと,長文が読める状態でリスニングに取り組めば割とすぐ,数ヶ月も練習すればそこそこ聞き取れるようになります。しかし長文が読めない状態でリスニングに取り組むとどこかで頭打ちになる。これが私自身の反省も込めた実感です。
プロフィールでお伝えしたとおり,私は学生時代ずっと英語,具体的には受験英語が苦手でした。要は長文が読めなかった訳です(最近は状況が変わってきているようですが,当時は受験英語といえばキモは長文読解でした)。そんな私も英会話から少しづつ英語をはじめ,会議通訳になり,会議の準備のため日々大量の英語を読まねばならない生活になると,やはり会話も自然に耳に入ってくるようになりました。これは,とても嬉しい変化です。ぜひこれを味わってほしく,ここまで少し時間をかけてリスニングのお話をしてきました。少しでもお役に立てますよう。一緒に頑張りましょう。Bon Voyage!