こんにちは。会議通訳のあひるです。
日々英語のかなり具体的な学習方法についてお話していますが,こういう時に必ず聞かれることがあります。『同じ教材を何度も繰り返すべきか,様々な表現に触れるべきか』。今日はこの,質と量とのバランスについてお話します。
聞き取れない英語かアラビア語か
言うまでもありませんが,きちんとモノにできるなら,たくさんの教材に触れれば触れるほど多彩な表現が身につきます。しかし同時に,聞いてわからないものを聞き続けても得られるものは何もありません。質か量か問題は,詰まるところこのバランスです。
聞いて理解できない英語音声を100本聞いても,アラビア語音声を100本聞くのとそう変わりません。読んで理解できない文章に100本視線を動かしても,それが英語の文字列でもアラビア語の文字列でもそう変わりません。しかし『とにかくたくさん聞けば,あなたもアラビア語がペラペラに!』と言われればその阿呆らしさに声を失いますが,何故かこれが英語になると『聞き続ければペラペラに』みたいな主張?広告?噂?陰謀説?なんか,ありますよねそういうの。
『ずっと聞いていると英語の音に慣れる』? 慣れません。『○○が自然に身につく』? 身につきません。ここまではいいとして,ではどこまで習熟したら次に行っていいのでしょうか。
英語学習における80:20の法則
突然ですが,パレートの法則ってご存知ですか?80:20の法則とも言われ,『成果の80%は全体の20%から生み出される』というアレです。売り上げの80%は20%の商品から生み出されている/20%の顧客から生み出されている,企業の利益の80%は20%の社員が生み出している,仕事の80%は20%の時間で片付いている,云々。これは完全に個人的な感覚なので説明がすごく難しいのですが,私は英語学習でも全く同じことを感じています。
たとえば全部で100の文章が載った英語のテキストがあるとします。このうちの20(%)もしっかり習得すれば,そのテキストで習得すべきスキル(知識ではない)の8割は身についている,ということです。もちろん文章が100あるわけですから,テキストとしてはそれぞれの文章ごとに異なる学習テーマが設定されていたりします。単語や熟語,慣用表現など。しかしこれはあくまで知識面の話です。
実際取り組んでみると,特に初心者の場合,結局一番時間がかかるのはナチュラルスピードで英文を解釈する,そのプロセスを体得するところではないでしょうか。先日詳しくお話した短文のリスニング攻略を例に考えてみましょう。個別の単語を覚えたり文法を理解したり,そこはそう時間がかからないと思います。それより,(読めばわかる,既に知っている文章を)何度も聞き直し,聞こえると同時に頭から順に英文を解釈して意味を再構築していく,これを体得するところに一番時間がかかるのではないでしょうか。これは,『頭の知識を身体の知識に変えていく』プロセスです。上で,知識と言わずスキルの8割としたのはそのためです。
ここではっきり申し上げますが,これは何度も繰り返して練習すれば誰でも必ず出来るようになります。ただこれは繰り返しますが身体で覚えるものなので時間がかかるんです。泳ぐとか自転車に乗るとかピアノを弾くとかに近いです。しかし一度習得すると他の英文にも大いに応用が効きます。
私が昔,英語学習で80:20の法則を感じていたのはおそらくこのためかと思います。素材の英文が何であれ,結局一番ハードなのは単語などの知識ではなく英文を解釈するというプロセスそのものを体得するところなので,初めの20%,なんなら5%や10%でもそれが本当に出来るようになれば,基本的な能力はもう身についているんです。そのため,20%を超えるあたりから1つの文章を習得するために必要な時間が徐々に短くなってきます。
何故この話をしたのか。それは特に初期段階であれば,たとえ量が限られていてもしっかり着実にこなしていけば,必要な能力は必ず身につくことをお伝えしたかったからです。
質と量のバランスは変化する
さて,今回のテーマ:質か量かに戻りましょう。私の考えは以下のとおりです。ひとつの教材がナチュラルスピードで理解できるようになるまでは繰り返し取り組むべきだけれど,そこまでできるようになったら次にいくのが効果的。
リスニングであれば,耳だけで聞いてナチュラルスピードで意味を取れる。リーディングであれば,自然な速度で(返り読みなどせずに)頭から読んで意味を取れる。ここまでできるようになったら次にいく,というのが私の意見です。覚えるところまではいらない。別に暗唱を否定しているわけではなく,それよりも次の素材で新たな表現に触れた方が学習効果が高い,という意味です(初めのうちは何度も繰り返すうちに結局覚えてしまうものですが)。
これを続けるとどうなるでしょう。英語がどうにも聞き取れない状態から始めると,始めはひとつの文章をナチュラルスピードで理解できるようになるまでに何度も何度も繰り返して聞き,練習することになると思います。しかしそこで一番のハードルである英文解釈のプロセスを身体で覚えると,英語の基礎体力,身体的スキルが僅かながら上がります。はじめは同じものを1週間ずっと聞いていたのが,徐々に5日になり3日になり・・・,と,だんだんそのプロセスは短くなっていきます。
このように『ナチュラルスピードで理解できるようになったら次に行く』,その基準は同じでも,そのバランスは徐々に変化していきます。はじめは同じものばかりずっと繰り返していたのに,次第にその間隔は短くなり,最後はいろいろなものを聞き流せるようになる。つまり,量と質の最適なバランスは段階によって変化します。同じ教材を何度も繰り返すべきか,様々な表現に触れるべきかが議論になるのは,どちらも正しいからだと思います。その人の今のレベル,段階によって変わるのです。
一歩先に見える風景
私は海外経験もなく,社会人になってから英語を習得して会議通訳になりました。そのため,英語を学習し始めたばかりの頃の『同じものを何度聞き直してもなかなかナチュラルスピードで処理できない』という感覚は実に鮮明に覚えています。しかしここを乗り越えて自然に英語が身体に入ってくるようになると,学びがどんどん加速します。
たとえば英語ニュースを聞いていてautonomous drivingと言われれば,たとえそれまで知らなくても『あ,自動運転ってこうやって言うんだ』と英語ありきで学べるようになります。こうなってくると,やはり学びのスピードは早いです。初期のうちに身体で覚えるべきところをしっかり覚えたからこそ,見えてくる景色です。
やはり,この質と量のバランスはとても大事です。しかしこのバランスは段階によって変化しますので,ぜひ皆さんもご自身にあったところを見つけてみてください。一緒に頑張りましょう, Bon Voyage!